東武日光線の事故から考える「報告はできた。でも、意見は言えなかった」

はじめに
10月23日、埼玉県で安全大会の講演をしました。題材の一つにしたのが、今年8月に起きた東武日光線の事故です。
同じ日の午後、国土交通省は全国の鉄道事業者を集めて「緊急鉄道保安連絡会議」を開きました。それだけ重い事故です。
私は消防に22年いました。この事故の報告を読んで、他人事とは思えませんでした。現場で「おかしい」と思っても口に出せない空気を、私自身も知っているからです。
何が起きたか
2026年8月20日午前10時45分ごろ、東武日光線・新鹿沼駅(栃木県鹿沼市)の構内で、線路内で除草作業をしていた作業員4人が特急列車にはねられ、亡くなりました。
東武鉄道が9月30日に国土交通省関東運輸局へ提出した中間報告と、その報道から、次のことが分かっています。
- 本来の作業指揮者は、線路を移動しながらの作業の経験がなかった。非番で現場に来ていた上司(現場代理人)に、明確な打ち合わせのないまま指揮を任せた
- 社内規定では、作業指揮者が見張り員の位置や待避場所を指示することになっていた。しかし、指示はなかった
- 事故の約5分前、列車見張り員は列車の到着が近いことを代理人に伝えた。それでも作業員はホームの下を進んでいった
- 見張り員は疑問を持ったが、「代理人に意見を述べると怒られると思った」として、何も言わなかった
原因の究明は、運輸安全委員会と警察で続いています。東武鉄道は第三者委員会で再発防止策を検討するとしています。ここに書くのは、現時点で公表されている事実だけです。
3つに分けて見る
事故は、一つの原因では起きません。講演では、「設備」「体制」「人の行為」の3つに分けて見ました。
| 分け方 | この事故で起きていたこと |
|---|---|
| 体制 | 計画と違う人(非番の上司)が、打ち合わせなく指揮をとった。見張り位置・待避場所を、事前に指示しなかった |
| 人の行為 | 見張り員は疑問を持ったが、怒られると思って、言えなかった |
| 設備 | 列車の接近を知らせる仕組みがどうだったかは、現時点の公表では分からない |
公表された事実からは、体制の穴に、人の「言えない」が重なったと読めます。どちらか一つでも塗りつぶされていれば、結果は変わったかもしれません。
「報告」と「意見」は違う
見張り員は、黙っていたわけではありません。「列車が近い」という報告はしています。言えなかったのは、「このまま進むのはおかしい」という意見です。
報告は、事実を伝えること。意見は、相手の判断に異を唱えることです。後者には勇気が要ります。相手が上司で、怒られると思えば、なおさらです。
現場では、報告の仕組みはたいてい整っています。止まっているのは、その一歩先の「ちょっと待ってください」です。
消防の現場でも同じでした。気づいている人はいた。でも、言えない雰囲気があった。だから私は、この事故を「鉄道だけの話」だとは思いません。
皆さんの現場なら
講演では、次の3つを打つ手として整理しました。東武鉄道の再発防止策ではなく、私の整理です。
- 人の行為:疑問は、その場で口に出す。合言葉を決めておく(「ちょっと待ってください」)
- 体制:見張り役に「止める権限」を渡す。止めた人を責めない。指揮者を代えるなら、打ち合わせをしてから
- 設備:無線やインカムで、見張りと作業する人を確実につなぐ
合言葉は、言う側のハードルを下げます。「意見を言う」のではなく、「決まった言葉を言う」だけになるからです。
そのうえで、経営に問いたいのは2つです。
- 見張り役に、止める権限はありますか?
- 言える関係性・雰囲気が、できていますか?
おわりに
「言ったら、怒られる」。この思いが、列車が近づく線路の上で、口をふさいだ。そう読める事故です。
言える現場は、気合いでは作れません。言われた側の、最初の一言から始まります。「言ってくれて、ありがとう」。明日の朝礼から試せることです。
亡くなられた4名の方々のご冥福を、心よりお祈りいたします。
筆者 平貞 隆史(ひらさだ たかふみ) 元消防士(22年)。FCA(Fire Coaching Academy)代表。国際コーチング連盟認定プロコーチ(PCC)。企業・団体向けに、安全大会の講演や管理職研修を行っています。ご依頼・ご相談は firecoach.jp まで。
